月はどっちに出ている

数年前、末期癌で水戸の病院に入院中だった母の看病をするために週に数日、夜遅くの特急電車に乗って病院へ行き、徹夜をして翌日の昼頃にまた東京に戻るという生活をしていた時期があった。
その時、駅前から病院まではタクシーを使っていたのだが、どうゆうわけかこの付近の運転手は無愛想で運転も乱暴なことが多かった(もちろんすべてではないが)。
ある時など、車内に乗り込み行き先の病院名を告げたらこちらの神経を逆撫でするような無遠慮な声で「そんなとこに今頃、何しにいくの?」と聞かれた。疲れていたし、そん質問には答えたくもなかったので黙っていると、車は急発進してわざとやってるとしか思えない蛇行運転をしながら(実際、かなり左右に揺さぶられた)猛スピードで深夜の真っ暗な道路を突っ走っていった。
その間、運転手も私も一言も喋らない。病院に到着して投げ捨てるように料金を支払い車を降りたことを、今でも憶えている。


深夜タクシーの運転手が何を思ってハンドルを握っているかはわからない。もちろん個人差や担当する地区によっても違いはあるんだろうが、きっと自分などは知らない世界を見ているのかもしれない。