グシャノビンヅメ

娘のシルバーのパンプス

レイトショーで『グシャノビンヅメ』という不思議なタイトルの映画を観た。
漢字に直すと「愚者の壜詰」であり、英語なら「GUSHER NO BINDS ME」。表記の仕方で受ける印象もガラリと変わってくるが*1、実際の作品も観る者の思考を混乱させるような刺激に溢れていた。


監督は、2000年の「第2回インディーズムービー・フェスティバル」でグランプリを獲得した山口洋輝。当時19歳で製作した『深夜臓器』による受賞だった。そして初の劇場公開用作品として作られたのがこの『グシャノビンヅメ』である。

*1:通称グシャビンと呼ばれているようだが、これだとガチャピンみたいで可愛すぎ。そんな生易しい映画じゃないのでくれぐれもご注意を

ストーリー

科学者、サラリーマン、貧民、精神を蝕まれた者、など様々な階級の人々が何百層にも折り重なるように屹立した巨大な居住区に住む世界。ここでは監視局の厳しい管理の下、抑圧された重苦しい空気が充満していた。
17歳の高校生、藤崎ルキノは登校途中にこの世界では禁止されている喫煙を巡るトラブルに巻き込まれ、逃げ込むようにエレベーターに乗り込んでいった。そこはこの巨大な階層を網羅する交通機関〝移動機筒〟だった。
まるでレプリカントのような感情を示さないエレベーターガールの手によって操られ、各階層を移動する密閉された空間。そこで乗り降りする様々な人々。不気味に響く機械音。


そこに監視局の要請で99階層の囚人と監獄の街「ビタガスコイン」から、凶暴な殺人鬼と爆弾魔のふたりが乗り込んでくる。
彼らの登場で事態は一変する。居合わせた8人の内側に潜むもうひとつの顔が徐々に明らかに。そこで展開される血の惨劇。
そんな極限状態の中で、覚醒するルキノの潜在能力と過去の忌まわしい記憶。どこまでも上昇し続ける〝移動機筒〟と共に事態は急展開を示し、やがて驚きのラストが待ち受けて……。

独自の世界観

密閉されたエレベーターの中での惨劇というと、おそらく『CUBE』のナタリ監督の短編『ELEVATED』を連想する人も多いかと思う。その部分は、きっと山口監督も意識してるんだろうが、決定的に違うのは『グシャビン』におけるエレベーター〝移動機筒〟は、あくまで藤崎ルキノの能力を解き放つための導火線であり、言い換えれば彼女の精神世界の一部分のような存在だということ。


エレベーターでの出来事はルキノの精神感応能力が引き起こした幻覚であって、それにより彼女自身が暴走してしまったのか?そもそもあの世界自体がが彼女による想像の産物だったのか?
虚構と現実が入り混じり、サイドストーリーが幾層にも張り巡らされて、心理サスペンスの要素も併せ持ったオリジナリティ溢れる世界観。この作品の最大の魅力は、観た者それぞれがいく通りもの解釈ができることであり、主人公ルキノ同様に、深層心理に入り込み、われわれの眠っていた想像力を掻き立ててくれる。

ホラーか否か

密室と化したエレベーターの中では大量の血しぶきと共に殺戮シーンが繰り広げられ、それがこの作品の大きなインパクトにもなっているが、決してグロいだけのホラー映画とは違う。オープニングのCGを含め、随所で散りばめられてるスタイリッシュでスピード感溢れる映像や音楽を体験してもらえばそれがわかるはずだ。


ただ、個人的な趣味で言わしてもらえば、バイオレンス表現に関してはストレート過ぎて、やや単調にも感じられた(もちろん、この手の映画に慣れてない人には充分過ぎるほどショッキングだと思う)。監督の好みや制作費の問題(これは大きいはず)もあるだろうが、それなら暴力シーンを直接的に見せるのではなく例えば同じく低予算で製作の『サイコ』のような間接的な表現方法を使ったり、無音ではなくバックにクラシックなどの音楽を流して画面をスロー再生させたりするなど、何かしらヒネリを加えても面白いと思うんだが。
多くのホラー映画がそうであるように、過剰な暴力描写は、(ある種のカタルシスは得られるが)どこか滑稽さと背中合わせになってしまう危険性がある。血がドバドバと流れるシーンが続くより、実際には刃物による一閃のほうが恐怖は上だったりする。
もちろんそういった類いのモノとは一線を画した作品だし、監督自身もバイオレンスの表現方法には強い拘りを持っていそうなので、このあたりに関しては、これから先の作品で大いに期待しよう。

扉は開かれた

このラストシーンには驚きを感じるとともに、困惑する観客も多いはず。真相が解き明かされたようで、謎は深まるばかり。答えは自分で見つけるしかないのか。
一見、『猿の惑星』を彷彿とさせる場面だが、自分としてはジョン・カーペンターの『エスケープ・フロムLA』を観た後に感じた、思わずニヤリとしたくなるような気分にさせられた。きっと、山口監督もカーペンター(むしろスネイクか)のファンではないかと想像しているのだが、いかがだろうか。


しかし、何より驚いたのは、山口監督がまだ学生だった22歳の時にこの『グシャノビンヅメ』を撮ったということ。それでいてこの映像世界は驚異的である(低予算でよくぞここまで)。
渋谷イメージフォーラムで26日まで連日夜9時から上映中。山口監督にも会えるかも。興味のある人は急げ!

トゥ・バンクス・オブ・フォー

「One Day / Two Banks Of Four
ちょっとダークな感じの生のベースラインとクラシックかつジャジーな女性ヴォーカルの組み合わせがとても印象的で、スピリチュアルで大人な1曲。文句なしのかっこよさ。アルバム『Three Street Worlds』に収録。